2009.12.26 2009年をふりかえって
2008.12.25 今年をふりかえって
2008.05.15 成沢富雄
2007.11.25 すずきこーた
2007.10.21 福原忠彦
2007.10.20 すずきこーた------------------------
2009年をふりかえって☆成沢富雄☆
2009年を振り返っても とくに何か始まったり終ったりはしていないような
でも、少しずつ、何かが剥がれて、また何かがくっついて、そうして、漂うイカダのような感じだ。
どこに流れていくのか、まだわからない。
ところで、からだだけは故障が続出。血圧185を始めて記録。なにやら腎臓もどうもおかしい。
厄年60歳果たして乗り切れるか
などという老人的感想でした。★すずきこーた★
今年は、新しい発見の多い年だったと思う。主には保育園でのことであるが…。ハロウィーンの大きなカボチャがあるとか、クリスマスのイルミネーションが園内に飾ってあるとか…。自分が保育園に行っていた時もこんなだったのか?いや、違うはずだと、驚きの連続である。
2年続けて小学校の同じ先生(受け持ちの学年は変わったが)のクラスで、学習発表会に向けての演劇を子どもたちとつくれたことも印象に強く残っている。どんな人と演劇をつくっていても楽しいが、やはり子どもとつくる演劇は、また格別である。
一緒に演劇をつくっていた、Cerro Huachipaのメンバーの一人、アウグスト玉那覇さんが亡くなったのも今年であった。私たちにとって大きな悲しみであった。が、Cerro Huachipaが朝日新聞に取り上げられたり、例年以上に いろいろなところに呼ばれて公演できたのは、彼がいたからではないかと、思ったりもする。彼の思いは、私たちの活動の中にしっかりと生きていると思う。
来年は、どんな年になるのか?今年よりは子育てが楽になるのか?いろいろ楽しみである。☆竹森茂子☆
昨年11月のパトリシア・アリサ(コロンビアの女性演劇人)との共同で行ったワークショップ以来、今年は女性のための演劇WSが幾つかやれたことが嬉しかったし、楽しかった。ラップ・マム+の「アナアキ・ストッキング」と名づけた小さなカフェ公演もどきも2回出来たし。朗読WSと言う新しい試みも、取りあえずカフェ公演までしちゃったし・・・。
フォーラム・シアターは、キャンパス・セクシャル・ハラスメント全国ネットワークや大学との仕事として定着?してきたように思うが、上演形態の難しさを感じた。各大学の防止委員会なりが人集めをでききれないようなのだ。学生はハラスメントに対して、深刻でない場合は、自分たちで乗り切っているつもりなのか?参加者も今一・・。大学側も、組織防衛に走りやすいと言うことも考えられるし・・・。真面目にやっている先生方もいられるのにな〜。一緒に考えていかなくてはと思いつつ・・。「・・・。」が多いな〜。
ギルドとしては、来年はどんな展開があるのかないのか? 何を創り出したいのかだね、ホントになにを?!★福原忠彦★
とにかく慌ただしい一年でした。その中でもやりたいことがふたつできました。
4月の『おばあちゃんの庭調査団』。近所の人たちが集まって、我が家の庭にある植物を調べ、マップを作り発表。おばあちゃんの話を聞きました。参加者はもちろん、協力してくれた家族がすごく喜んでくれたのが印象的でした。翌日、水俣から地元学の吉本さんが「よくやった」と一言電話をかけてきてくださいました。
そして、7月から9月にかけての『立石散策劇場』。取材をした町の人たちの前で、町歩きをしながら演劇をすることができました。ワークショップのメンバーと一緒にドキドキしながら取材体験を伝えました。初めて立石に来た人にも、住み慣れた地元の人にも新鮮なやり方で立石の魅力を紹介できたのではないかと思います。
地域のことに少しずつ詳しくなり、頼れる知り合いが増えてきて、ゆるやかなネットワークができてきました。しかし、一部の家族からは「お前はなにも変わっていない」とも・・・。むむむ、悩みながらもタフに生きていこうとしている32歳の私です。☆開発彩子☆
もはや忘れ始めているのが怖い。今年は演劇公演の音楽演奏者として5月から8月まで、韓国、イギリス、沖縄と旅をし、9月は北京でワークショップ。滅多にない好機を得ました。考えてみれば飛び飛びで3ヶ月くらいは東京にはいなかったみたいです。こう書くとなんだかカッコイーのですが実態はそんなものではなく、、、、怖いもの知らずの挑戦は自分としてはヨシ!と評価しますが、実力のなさを周囲のフォローでなんとか乗り切った感があります。
そこで、来年のテーマは「技術」。海外に行ってわかったのですが、日常から離れようがどこにいようが自分からは逃れられないのですね。同様にどこにいようと自分は自分を助けてくれます。日々の地道な勉強、練習。努力。いまさら、嘘みたいなキーワードですが、やはりこれしかないのです ね、、、。具体的には楽器の演奏技術、英語、ほそぼそ続けてきたヨガの本気の習得が目標です。
(目標なんて滅多にたてない私が)ここ十年単位で、あがきもがき、混乱しながら停滞しながら思考してきたことが統合されるような流れのきっかけが今年は明らかになった感があるのです。(おお!)まだ糸口をつかんだ段階ですが来年の仕事にそれが反映されるといいなあ、、、。飽きっぽく怠惰な私をみなさん見守ってください。★花崎 攝★
今年もとても速く時が飛んでいってしまいました。年末もまだ、ゆっくりふりかえるという時間がとれずにいます。
今年亡くなったブラジルの演劇活動家、演出家のアウグスト・ボアールという人は、見るだけの受け身の状態を強いられる「「観客」ということばは悪い言葉だ」と言います。その意味について、たとえば世田谷水俣交流実行委員会で演劇を上演したりトークをしたりしながら、また大田区の「女性のための演劇入門講座」で さまざまな女性たちとワークショップをしたりしながら考えました。
形式的な観客参加でなく、どういう可能性が、あるいは不可能性(危険)があり得るのか、今、進行中の世田谷パブリックシアターのワークショップについての連続講座でも、またあらためて演劇の機能やあり方について思うことがいろいろあります。
来年は、もう少しゆっくり考えたり、整理したり、文章を書く時間をとりたいと思います。毎年、そんなこと言ってるって気もするけど…。
今年もお世話になりました。どうぞ、よいお年を!☆蟹谷怜子☆
今年もいろんなことがありましたが、周りの人たちに支えられて、楽しい一年でした。
この一年で自分に出来ることと出来ないことが、少しずつ見えてきました。私にとって出来ないことのほうが圧倒的に多く、出来ることというのは、ほんのわずかです。その数少ない出来ることのひとつが、ワークショップの進行役として参加者に接することなのだとわかりました。そういえば学生時代、飲食店でアルバイトをしていた時、接客だけは店で一番だと言われたものの、他に良いところがなかったので時給が上がらなかったのを思い出します。
人生を登山に例えるとするなら、スロースターターの私は、「え?まだそんなところにいるの?」と言われるような登り方をしていると思います。
登山の途中で出会うたくさんの人たちは、私に一言二言声をかけて、追い越していきます。いつも背中ばかり眺めることが寂しいと思う時も、一度や二度ではありません。だけど、追い越していく人たちの群れは、いつでも楽しそうなのです。悲痛な表情で追い越していく人なんて、誰もいないのです。もしかしたら、出会う人たちを見送ることが、私の役目なのかもしれません。それは本意ではありません。しかし、役割というものがあるとするなら、そういうことだと思うのです。
多分、私の考えや行動、思いには、誰もが認める"意味"なんてものはありません。だから人には私のことは、あまり伝わることがありません。でもいつか伝わればいいと思っています。私は自分に出来ないことは、放っておいてもいいことにしました。出来ることだけを、大事にしていくつもりです。
【福原忠彦】
世田谷で手書きのかわら版コースを担当したり、埼玉大学でお話をしたり、下北沢のシンポジウムのパネリストになったり、世田谷の障害者と芝居を作ったり、新たに自分の活躍の幅を広げた年でした。
中でも力を入れてきた地元葛飾区立石での活動は徐々に軌道にのってきています。11月には公募で集まってくれた参加者と地域資源のひとつである呑んべ横丁を取材してお芝居を上演することができました。地域での目に見える活動であるため、当日家族も見に来てくれました。少しずつですが、一向に安定しない息子の活動に理解を示し始めているように思います。
その反面、水俣での経験を本にしたいと思ったまま、一向にペンが進まなかったのが大きな反省です。助成金の取り方も失敗をしながらたくさん勉強させてもらいました…。【すずきこーた】
ニュース番組ではないですが、今年をふりかえると、前半と後半で世界経済の状況が大きく変化したことが印象に残ります。
4月から7月まで、岐阜県可児市で、在日外国人たちと一緒に演劇をつくり発表をする事業に関わっていました。外国籍の親の仕事がなくなり「子どもの給食費が払えない・子どもに解雇されたことを話せない」といった相談を学校の先生が受ける、そういったニュースを見ると、あの時とは本当に状況が違っているなぁと、感じます。特に「研修」という名のもとに期間限定で来日している中国の人たちが今どのような状況なのか、時々考えさせられます。
12月、今年が終わろうとしているこの時期、友人の一人が入院しました。労働組合で活動している彼の病室は、毎日様々な友人・知りあいが訪れ、やはり経済について話をしているそうです。本来なら毎年行っている教会での演劇を今年は取りやめました。時間が無かったのと、一人が入院したという理由からです。労働組合で活動していて演劇もやっている別の外国籍の女性は言いました。「今は仕事がないです、でも、組合、ものすごく忙しいです」
それから、本当に個人的なことですが、4月に子どもが産まれました。バタバタとしていて、大変ですが、楽しい日々をすごしています。今の時期は本当に成長が早く、毎日出来る事が増えています。本人も親もそのことが嬉しいです。一方、ある時期にしかしない仕草、表情などがあります。二度と見ない動きや表情が、生まれては消えていきます。なんか、ワークショップや演劇に似てるな、なんてまとめてみたりして…。
来年も良い年でありますように。【成沢富雄】
ついに、50代最後の歳になってしまったぞ。来年は、年男だ。還暦だー。なんだ還暦ってのは?要するに「めぐる暦」ってこと?ああ…と、このあたりは、来年でしたね。
今年は…8月までが、あっという間で、8月過ぎたら瞬く間に師走。なんだか、記憶がない。お金は、拾ってない。宝くじは、買ってないから、あたるわけない。
うーん、あっ、決算が済んでない!!たしか、今年の初めから「決算を処理しなきゃ」と意識していたがついにおわりまで来てしまった。どうしたらいいだろう…
丑年のなりさわ【花崎攝】2008年も終わろうとしているとは、ちょっと呆然としてしまう今日この頃です。
今年は、ラップマム・プラスという集まりで、女性たちと芝居をつくりました。初演はコロンビア。私は行けませんでしたが、仲間たちが、コロンビア国際女性演劇祭に参加しました。帰国後、作り直して6月に東京公演。小さな会場でしたが、思いのほか多くの方が足を運んでくださいました。この場をお借りして、改めてお礼申し上げます。ありがとうございました!来年は、東京以外の地域にも出かけたいと思っています。
夏は、インドネシアのアチェで2回目のワークショップを行いました。期間は短かったけれど、初めて紛争被害について具体的な話をすることができ、とても手ごたえのあるワークショップになりました。来年、いよいよ区切りとなる3回目のワークショップがあります。インドネシアでは、来年総選挙があるので、いつ開けるのか予断を許さないのですが、腹を据えて取り組みたいと思います。
後半は、10月に雑居まつりで障害のある人たちと「ザ・やすみつ」という芝居を上演。 そんななか、スタッフをしている野口体操の先輩がガンで手術をすることになり、代講をすることになり、他の仕事も重なって、ワタワタしているうちに、12月!
来年は、もう少しギルドとしての活動を組み立てて行きたいなと思っています。どうぞよいお年を!【竹森茂子】
2008年はギルドで出会った女たちと、”ラップマム+”として演劇ワークショップを10ヶ月に渡りやることで「女たちのコラージュ」と題した芝居を創り上げたこと!若い力と経験を積んだ力が、女性の問題を中心にセンシティブな感性を具体的に演劇に出来たのではと思う。ギルドの男性陣の助けが嬉しかった!
3月にはコロンビアの国際女性演劇祭に参加したし、6月には小劇場で公演もした。おかげさまで、3回の公演は満員だった!すごい!(次は5回くらいやりたい)
11月にはコロンビアのパトリシア・アリサと、「女性のための演劇ワークショップ」を大田区のエセナおおたで3日間行う事もでき、 これは次の芝居つくりに発展する可能性も…?!
で、ギルドでは読書会を全員が1冊づつやったのでしたが、そこで話し合われたことが一見演劇ワークショップに関係なさそうで、実はそれぞれの生き方や考え方が立ち現れかなり正直にお互いを裸にしていた感があって、しかも節度もあったし〜、”話し合う”ということが楽しかった!これってなかなか出来ないことだと思うんですが…。私的にはすごくおもしろかったです。
ところで、来年もやっぱりギルドは貧乏の道を行くんだろうか?たまには、お金になる仕事も取ってこなくちゃと思うんですがね!今のとこ、そういうのはない!【開発彩子】
ワークショップの企画や進行をする側になって、数年がたちます。2008年は自分自身がパフォーマンスすることに目が向いた年でした。他の人に、「やってみよう!」というだけではなくて「自分がやる」。ラップマム+の公演「女たちのコラージュ」。見に来てくださった方々からたくさんの反響がありました。
そして内輪の会でしたが、「アナアキ・ストッキングスブルース」での楽器とうた、語りの試みの会。小さな規模でも今後に発展していくといいな。楽器を練習したり、体操を教えてもらったり、、、、自分のからだに気づくこと。向かい合うこと。作品をつくるということに立ち向かうことは厳しいことだけど、来年もひきつづき、修練をつみたいと思います。ワークショップをおこなっていくためにも。
そして、なんといっても読書会。みんなで一冊の本を読み語ることは、こんなにも、広がりや深さをもつ、とてもエキサイティングな行為なのだと初めて発見しました。私が選んだ本を取り上げた会に、著者、いちむらみさこさんが、突然風のように現れたことは夢のように嬉しかった出来事です。ほんと、発見の場です。みなさんもどうぞ参加してみてください。
来年もよろしくおねがいいたします!【蟹谷怜子】
これまでしていた演劇ワークショップの企画制作に加えて、本格的に進行役の仕事やパフォーマンスをやるようになった初めての年でした。
前半はコロンビアで演劇をしたり、日本でも演劇したりしました。
そして後半は演劇ワークショップの企画や進行をちょっとずつしていたら、いつの間にか一年が過ぎてしまった感じです。アクティブな一年だったと思う反面、まだまだ表現者として自分のやりたいことは、全然できてないなあと思います。もっと自分の中から湧き出るものを、たくさんの人に見せたい。そのために、何か新しい試みをいっぱい仕掛けたいと思います。
また進行役として、自分にしかできない仕事がしたいと思う一方で、自分がいなくても大丈夫な場所をつくることが大事なんじゃないかと思っています。進行役が狂言回しとなって場を盛り上げるワークショップも面白いですが、その場にいる人たちの力で大きな創造ができれば、それが一番の理想です。進行役だって本当はその中の一人に過ぎないのです。
そう考えると演劇ワークショップの仕事っていうのは、畑を耕すのに似ています。来る日も来る日も、種が育つように畑を耕すことが、演劇ワークショップにできるすべてのような気がするし、私はそれをしてきたし、これからもしていくんだと思います。
それでは皆さま、よいお年を!文化とは、何を意味するのか
政治・経済・社会・文化の中の「文化」
いまのところ、
日本の都市で言われているところの文化とは、それに関る人間にとって自己更新の機能を持つものだといえる。触れることで、新しく認識を得る
出会い、生き方を再発見して、元気になる
自己の限界を修練により突破する
異なった体験をし、自己の経験領域が拡大する
経済社会の生産過程ではない、別の生産過程に触れ、自己の修練とする大方は、個人に還元され、しかも「文化のありがたみ」として、測定される
集団の文化に、演劇の創作過程がすこし触れてくるが、それも分業化と専門家の領域から、ほんの少し、たれてくるお恵みのようなものがあればよいほう。
大抵は、結局専門家の専横に振り回され、振り回されている経験が、演劇作りの体験として定着してしまう、誤った理解があるだけだ。
ニナガワユキオが、朝日新聞で上演を止めたことを得意になってしゃべっているが、それがその最たるものだ。アートマネジメント、文化振興の視野は、すべてこの文脈−自己更新という価値を称揚する方向で、すこしも他の視点がない。
成沢 富雄 なりさわ とみお
2007.11.25 すずきこーた
DV防止フォーラム2007
フォーラムシアター&講演 〜日常にひそ む暴力〜先日、11/10(土)に、With You さいたまにて、フォーラムシアターを行いました。雨の降るあいにくの天気でしたが、80名程が来てくださいました。
私はこれまでいくつかのフォーラムシアターを行ってきましたが、 DVについてのフォーラムは初めてでした。ショーケースをつくっている時も「こんな感じで良いのかな?」と全体の構成を悩みましたし、「もっとコワイ感じにするには…?」なんて、いわゆる役作りみたいな事でも悩んでおりました(自分を養護するわけではないのですが、僕は人に悪口を言ったりするのが不得意だと思います……)。
ショーケースは、大きくは3つのシーンで構成されています。
1:若いカップル(まだ結婚はしていない。でもそろそろ…)の場面
2:上のカップルの彼女の方が、友人に相談する場面
3:別な夫婦の話。夫の(言葉の)暴力から逃げるため実家に帰ってきた妻の話1の場面では、色々プレゼントをするが、束縛したい彼が「俺の女だろ?」と言ったり、「他の男の電話番号などを、携帯のアドレスから消してしまう」などの場面をやりました。この時「反応はどうだろう?」と不安に思っていたのですが、場面が終わった時に見ていた人から「ムカツク〜」という声が聞こえ、変な話ホッとしました。「ムカツク〜」で「大丈夫だ!」と思ったのです。実際にフォーラムが始まると、様々な意見が飛び交います。「携帯を見せろ!」と彼に言われても「私を信用できないの?」と言うなど、ちゃんと言い返すやり取りが意見として出てきました。
2の場面では、彼の事を友人に相談するのだけれど「何〜?結局ノロケ??」みたいな流れになってしまい、彼女自身も「そっか、私は愛されてるってことなんだ…」みたいに納得してしまう場面です。ちゃんと話を聞いてあげる友人をやってくれた人が多数出てきました。結婚してもろくな事がないから、早く別れろ!なんて過激な(でもすごく真当な)意見も出ました。
3の場面では、「ちょっと位我慢しろ、それが妻の務めだろ」「彼(夫の事)は素晴らしい人じゃないか、若いのに都内にマンションまで買って」と全然理解してくれない父親が出てきます。夫の暴力から逃れてきたのに「早く帰れ!」と娘(妻)を追い返してしまいます。そこに「とっても娘に甘いお父さん」が客席からあらわれて「良いよ良いよ、いつまででもこの家にいてもいいんだよ」という意見が。それでは解決 しないかもしれませんが、父親の気持ちが現れた瞬間でした。娘(妻)にちゃんと言うべきだ、という意見も出ましたが、やはりなかなか親には言えない、という意見も沢山出ました。
ただ時間が短くて、一つの事例にかけられる時間が少なかったのが残念でした。
この文面では伝えきれないほどの盛り上がりを見せ、その後の川畑真理子さんの講演も、私たちのフォーラムシアターを汲み取ってお話をしてくださったので、参加者の方には分かりやすかったと思いますし、そして、何を考えるべきかを考えさせてくれる講演だったと思います。------------------------
2007.10.21 福原忠彦水俣に世田谷のゆうじ屋が出店!?
去年、演劇デザインギルドは水俣病公式確認50年事業の中で、水俣に住む人たちと胎児性水俣病患者・障がい者の想いを伝える創作舞台『水俣ば生きて』を製作しました。
今回、創作舞台のメンバーを中心に“水俣ば生きる会”を発足。楽しく生きるシリーズと銘打って9月2日に水俣市もやい館で第一弾の催し『ゆうじ屋のお料理トーク』を行いました。ゆうじ屋は東京の世田谷区に住む、自称「言葉で作る料理人」の実方裕二さんが運営しています。「スパイスはもっと多く」「もっと細かく切って」脳性麻痺で手足が自由に動かせない裕二さんは介助者に指示を出しながらカレーやケーキなどの素敵な料理を作ります。演劇デザインギルドからは成沢・花崎・福原の三人が参加、現地で制作や進行を手伝いました。
▲埋立地浸水護岸にて。裕二さんと成沢さんおじさんふたりあわただしい日程の中、裕二さんの「海に行きたい」という願いが一瞬かないました。
「失敗をしてみないとわからない!」
▲卵を割ることに挑戦する坂本しのぶさん。徐々にコツをつかんでいきます。午前中は『ゆうじ屋のだれでも楽しくできる料理教室』。
胎児性水俣病患者や障害者の人たちと介助者がペアになって親子丼を作ります。親子丼は裕二さんがはじめて作って失敗した料理だそう。「失敗をしてみないとわからない!」裕二さんに励まされながら三つのチームが料理に挑戦しました。当初、障害者は指示をすること、介助者は指示を聞くことが求められたのですが、やり始めるにしたがい、自分で挑戦する胎児性の人や障害者が続出。慣れない手つきで卵を割ったり、野菜や肉を切ったり。悲鳴とともに嬌声も。仲間が頑張る姿に大いに盛り上がりました。昼食時にはあちこちで親子丼の試食しあう姿がありました。
いつもと違うレイアウトで
▲始まる前の様子午後はメインの『ゆうじ屋のお料理トーク』。約70人の人が参加。前日、「料理を出すところも見せものにしよう」「テーブルで食べられたほうがいい」たくさんのアイディアが出て、パーティー形式の会場になりました。お客さんもくだけた雰囲気で隣の人とおしゃべり。ゆうじ屋の紹介映像やトークを楽しみました。
▲去年参加した小学生もかけつけてくれました中学生になった今年は身長ものびてちょっと大人に。
そもそもどうしてゆうじ屋が行ったかというと
▲裕二さんと長井さんの対談ふたりは言語障害があるので、聞いた言葉をそのまま、健常者が客席に伝えます。
今年の2月に胎児性水俣病患者の長井勇さんが東京に来た際、裕二さんと出会い、水俣の人たちにも紹介したいという思いがきっかけで今回のイベントにこぎつけました。そこで、裕二さんと長井さんの対談も実現しました。長井さんの提案でおふたりの子ども時代のことを話し合いました。
ゆうじ屋名物漫才トーク!!
▲女子大生がたくさんいる客席につっこむ裕二さん介助者と息のあった漫才トーク。奇声を発し、車椅子のランプを点灯しながら、文字通り、暴走しまくる裕二さんに、介助者の三木さんが容赦なくつっこみます。会場は笑いっぱなし。裕二さんのパワーに圧倒されています。なにより、たくさん来てくれた胎児性の人や障害者の人が喜んでいたのが印象的でした。
ぼくがどうして料理を始めたかというと・・・
最後に裕二さんの講演。こちらは漫才とはうってかわって真剣に。(いや、漫才も真剣でした。)裕二さんがいままでいろいろな人に出会い、自立生活、さらにはゆうじ屋を始めるに至った経緯を話しました。人にやってもらうことがあたりまえだと思っていた子ども時代。健常者の人との失恋。当事者運動との出会い。自分にできることは・・・。会場全体が裕二さんの言葉に耳を傾けました。
終了後のアンケートに書かれた感想をいくつか紹介します。
・私たちも普段様々な人に手助けをしてもらいながら生きている。同じようにゆうじさんも介助をしてもらいながら生きている。一緒だと思った。自立というのは一切頼らないのではなく、上手に頼りながら自分で頼る部分を見極めながら生活していくことだと改めて感じた。
・ゆうじさんはユーモアたっぷり、アイディアたっぷり。「病気じゃないから」という言葉が大好きです。
・一生懸命聞いているとだんだんゆうじさんの言葉が聞き取れてきた。ひとことひとこと力強く話してくれてなんだか勇気がわいてきた。なんでもできるんだと。コンプレックスを壊していこう、私も頑張っていこうと思った。介助者もゆうじさんの言葉を正確に伝えてくれて、楽しくやっているようでよかった。
裕二さん、長井さん、みなさんお疲れさま
▲打ち上げの様子
▲疲れて眠り込む長井さん今後は水俣のメンバーが東京に来る企画も準備中です。
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2007.10.20 すずきこーた10/6(土)〜8(月・祝)まで、仙台に行ってきました。日本演出者協会主催の「演劇大学in仙台2007」というところで、子どものWSをしてきました。
会場は仙台演劇工房10-BOXというところなんですが、これがまた、WSの内容に引けを取らずに面白いところです。まずランドスケープ。卸町というところにあり、卸町という位だから、周りに企業の倉庫みたいなものが沢山あります。というか、それしかない。住宅は一つも無いので夜は本当にコワイ。しかも仙台駅からバスも少なく、その上タクシーで行っても20分くらいかかるところ。そこに10-BOXというくらいなので、10個の大小様々なスペースを演劇活動の拠点として使われているんです。余っている別な倉庫(本当に倉庫のまま)を利用して演劇上演をやっている場合もあります。
財団法人 仙台市市民文化事業団が運営しているので、様々な劇団が交流できる場でもあります。10個のスペースは稽古場だけでなく、大道具用作業場、会議室のような部屋、チラシ折り込み専用の部屋、など様々で、稽古場以外は無料で使用する事が出来ます。作業場も電気機材以外は無料貸し出し!
別に僕は10-BOXの人ではないので、宣伝を過剰にする必要はないのですが、とても魅力的なスペースだったので、一度訪れてはいかがでしょうか?
さて、肝心のWSですが、最終日にハプニング続出。3年生の子が、歯が抜け、その抜けている最中(ってへんな言葉ですね)に血をいっぱい飲んでしまい、気持ち悪くなってダウン(トイレでもどしてました)。
4年生の子は、雨が降っていたので地面が滑りやすく、トイレに行く時頭を打って転倒!
「ああ、もう発表会は出来ない…」
と思っていたのですが、3年生の子が「バレエの発表会の直前に、足を折って出られなかった。演劇はやりたい!」と2時間位寝ていたのに、本番では復活(その間の代役は、もちろん僕)!
その熱意を感じたのか、4年生の子も「全部は出来ないけど、ちょっとだけでもやりたい」と出演!ああ、良かった。別に発表会自体ができなくても僕は構わなかったのですが、「できない」という子どもたちの悲しい顔をみて別れるより、「やった」という嬉しそうな顔を見て別れられた事が、本当に良かったと思います。